カテゴリ:海外にて( 31 )

<38> 再びサンフランシスコ

ロタンシエルのスプリングセールは、たくさんのオーダーをいただきましてありがとうございます。集計した結果、売り上げの10%、5万円程の日本赤十字社に寄付する義援金が集まりました。現在サンフランシスコにおりますので、帰国後真っ先に郵便局に向かいたいと思います。本当にありがとうございました。

今回サンフランシスコに来たのは、マシューの大学の卒業式に出席するためです。この期間には地震でずれ込んだLSAの卒業試験もあるので多少懸念しましたが、これは家族にとってひとつの締めくくりなので、来させていただきました。皆から「マシューが大学卒業するなんて〜まだ小学生くらいのイメージが・・・」などと言われ続けていますが、その通りです。案外人生は短いのではと考えてしまう程、子供の成長は早いですね。

マシューの大学は西海岸では最も歴史の長い美大で、学士、修士、博士と3種類の卒業生たちがおり,年齢も21才から67才まで様々です。欧米の卒業式のお決まりの帽子ではなく、ベレー帽でした。自由な雰囲気で中にはソンブレロ(メキシコの大きな帽子)をかぶる子もいたり、サンフランシスコ・ジャイアンツの帽子、野球帽にサメが前後に突き出ているタイプなど、ときどき信じられない帽子をかぶった卒業生たちもいました。
b0164641_21274814.jpg
     おめでとー!でもあと2年デジタルアートを勉強するそうです

卒業生の個展も同時開催で,いろいろな作品がパーティー会場(キャンパスの一部ですが、昔はグレイハウンドバスの車庫に使われていた体育館のような建物)に展示されていました。その中でもひと際目をひいたのが、アンバーで作ってあるような家(6畳くらいで屋根つき)があり、よく見てみたらオレンジピールでできているのです。よく見るとオレンジピール1枚ずつをアイロンでのしてからジグザグミシンで縫ったようです。床もオレンジピールなので,踏むと香りが立ちこめます。そしてちょうど太陽が当たって内側から見るとまるでステンドグラスのようでした。お父様がそのお家の中にいたのでお話を聞いたら、中学生の頃から食べたオレンジの皮はすべてとっておいたそうです。熱処理をするので5〜6年以上保存できるとのことですが,もう過ぎているのでは??一緒にいた友人のナタリーが帰り際に「中学生の時は何を考えてオレンジピールを保存したのかしら?大学の卒業制作に使おうって思ったわけではないでしょう?」お父様にはあまり突っ込むことができませんでしたが、何とも個性的でクリエイティブな卒業生たちの人生を垣間みた気分でした。
b0164641_21283464.jpg
この季節のサンフランシスコは雨もよく降り、一面のグリーンで花盛りです。真夏は乾燥気味になってくるので、このようなみずみずしいシーズンは貴重でもあります。家々のお庭からあふれている日本ではあまり見られない珍しいお花や樹や果実など、たくさん見かけました。ローズやカリフォルニアポピー、野生のアンジェリカやディル、雑草として生えているヘリクリサム、やっとわかったスパニッシュモスなどを写真に撮ってみました。
b0164641_21293842.jpg
シュナウベルト博士のご自宅のお隣のフロントガーデンに咲いていました
b0164641_21302451.jpg
愛らしいカリフォルニアポピー、根元にある別の葉も染色したような美しい色合いです
b0164641_213171.jpg
        すごく立派なアンジェリカの種類
b0164641_21315837.jpg
        ヘリクリサムは雑草として道端に
b0164641_2132413.jpg
前回は謎の物体と思ったスパニッシュモス。風になびいてきれいです

シュナウベルト博士と奥様のモニカさんと一緒に食事したり、ラテンクラブに連れて行ってもらったり(ついに行きました!)している間に一旦あきらめていたミュンヘン行きを強く勧められ、6月末に急遽1週間ミュンヘンに行くことにしました。アンジェリカやカモミール、メリッサなどのオーガニック農場を訪れて収穫や蒸留を手伝うそうです。エコロジーに関して最も進歩している国とも言われているので、よく見学してこようと思います。シュナウベルト博士に話すと「見ようと探さなくても常に目に入って来るよ」と笑っていました。たくさん勉強してまた報告しますね。
b0164641_21334496.jpg
マリーン・カウンティーのポイント・レイズという美しい海岸に向かう道は湿地帯で、美しい黄色い花が一面に咲いていました

 
[PR]
by lsajapan | 2011-05-26 21:52 | 海外にて

<27> 第2の故郷、サンフランシスコ

9月の末から1週間サンフランシスコに行って来ました。1週間先に行っていた主人がいい感じに日焼けして空港に迎えに来てくれ,いつものようにゴールデンゲート・ブリッジを渡ってソノマ・カウンティーのサンタローザにある義兄の家に。東京は暑苦しい夏だったのに、サンフランシスコは冷夏で皆、ブーブー言っていたそうです。「でもやっと夏らしくなっていい気持ちだね〜」と満足そう。摂氏23度のスッキリ爽やかな青空、そしてちょっと午前中の霧がかかっている海を眺めながら25回以上は来ている、この第2の故郷に対する深い愛情を感じてしまうのでした。それでも日本でベッドに入る時間に起き出すカリフォルニアとの時差は、私にとっては大変なもので、朝8時に目が覚めるあたりに深く眠る気十分の状態で、考えてはいけないのですが日本は夜の12時・・・

サンフランシスコは3つの橋があり、ゴールデンゲート・ブリッジとベイブリッジそしてリッチモンド・ブリッジが湾の橋渡しをしています。サンフランシスコからサンタローザやナパに行くときはゴールデンゲート・ブリッジ、サンタローザからバークレーやオークランドに行く時はリッチモンド・ブリッジ、そしてバークレーからサンフランシスコ市内に行く時はベイブリッジを渡ります。頭がこんがらがるでしょう・・・私も最初の何年かは全く理解してませんでした。

実はここは私にとって東京の次によく知っている都市なんです。人々は皆”Chill”(リラックスしていて)で親切、そしてとっても陽気です。植物は1年中きれいで、特に夏は夢の世界のようです。様々な色の花がどこにでも咲いていて、元気で幸せそうなんです。よく滞在させていただく義兄の家はサンフランシスコの空港から1時間程のサンタローザにあり、元祖ヒッピーの町、セバストポールという町のそばです。小さい町にもちゃんとハーブショップ、ホールフーズ・マーケット、クリスタルショップ、スピリチュアルショップ、ジュースバー、ヨガセンターなどは揃っており、静かで文句無しです。義兄の家はお家もお庭ものびのびと大きく、ユーカリ、マートル、ローズ、ラズベリー、ストロベリー、ブルーベリー、その他たくさんのお花が咲いてます。
b0164641_16535662.jpg
      義兄のお家、ここに二人だけで住んでいるのです
b0164641_16553070.jpg
        お庭も手入れがよく、きれいな花が満開

ベイエリアで始まったヒッピー文化はハーブや自然療法、スピリチュアリズム、東洋思想、ヨガなどと深くかかわり合い、平和主義、エコロジーへの深い洞察などが特徴です。一方ティモシー・リアリーに代表されるドラッグ文化もありました。カリフォルニア州では処方箋があるのならマリワナは合法、お酒は21才まで違法です。大学生も3年生くらいまで我慢しなくては・・・日本では考えられませんね。一方、ドラッグで人生棒に振ってしまうような方もすぐ隣にいるわけで、若い西海岸の芸能人たちのゴシップは日本でも有名ですよね。自由な反面、自己責任の重さが身にしみます。ハーブに関しては天国のようで,ありとあらゆるものがオーガニックで手に入ります。かなり珍しいものでも手に入るので感動してしまいます。

サンフランシスコは寒流が流れ込み、ロスとは違って海水は1年中冷蔵庫の中の水のように冷たく、大らかにサーフィンなんてできません。夏でもウェットスーツを着ないと無理です。そんな海から朝方は霧が流れ込み、有名なサンフランシスコの霧が発生します。日が高く登って来ると、霧が晴れて来るのですが、霧はとても風情があり素敵です。23才の時に初めて訪れた時は、ちょうど美しいマリーン地区を走っていた時に車のラジオから「花のサンフランシスコ」が流れて来て、涙が出てしまうほど感激したのを覚えています。ヨーロッパ程の古い歴史はなくても、人々の優しい心とたくさんの努力の歴史が感じられる、自然がいっぱいの魅力的な都市です。

いろいろな前置きをしましたが、今回、到着した次の日はシュナウベルト博士のお家にお呼ばれなのです。オフィスにはいつもお邪魔していたのですが、今回はご自宅です。ご家族3人で温かく迎えてくれ、白ワインで乾杯。ああ、やっぱり信じられない程おいしいワインです。今回はすべてシュナウベルト博士の手料理で、お通し(?)から始まり、フルコース、ワインは白から始まり、シャンペン、赤、白と3回変わりました。イタリアンなのですが、最初の一皿が松茸のソテー!!それがお皿に2切れとカリカリに焼いたポークが2口分。やっぱりこれはお通しですね!おいしい白ワインとピッタリで、話も盛り上がります。松茸は日曜日のファーマーズ・マーケットで手に入れたそうです。オレゴンからスーツケース1つで売りに来るそうで、寅さんのようです。「母が言ってたけれど、おばあちゃまたちが松茸の生えている場所をそれぞれ知っているらしく、季節には山から取って来るのだけど絶対どこに生えているかを誰にも言わず、そのうちに亡くなってしまうので、結局極秘のままになっちゃうらしい」と私が言うと「こっちでもその話はあるよ」と、どこも同じと思わず吹き出してしまいます。仕事の話もあるけれど、家族を交えてということもあり、22年前の地震の時はどこにいたのだの、将来はどうするか、グリーンカードを取れとか、インドネシアの島に行ってスパイスの産地を旅しよう!などワイワイ楽しい話は続きます。お庭に移動していつの間にかアーティチョークとパルメザンチーズのサラダやトマトとバジルのサラダが出て来て、ついでによい香りのマートルの枝も持って来てくれました。「これ家で育てているマートルだよ」裏山にはヘリクレサムもたくさん自生してるそう。奥様のモニカさんも素敵で優しい、穏やかな口調でそのヘリクレサムをたくさん集めて蒸留してみた話をしてくれます。
b0164641_16562572.jpg
ファーマーズマーケットで買い出しをし、用意して下さった前菜3種。絶品でした

ひらりとシュナウベルト博士がサフラン・ライスのイタリア風とキヌアのペスト和えなどが乗ったお皿を持って出て来て、あまりのおいしさに驚いて絶賛。「サフランを2グラム食べると致死量って知ってた?」「サフランの2グラムって大量じゃない?」なんて植物の毒性の話になったりします。サフランライスのおいしかったこと!

「日本人とドイツ人は気質が似ている」と言うシュナウベルト博士の仮説をどこがとか何故かとか話しているうちにメインコース。なんだか家族のような温かいおもてなしが、とても心地よく、10時過ぎまで話は尽きず、デザートのレモンやブラッドオレンジのシャーベットまでいただいてしまいました。3日後に仕事のミーティングをすることに決めて、お開きになりました。私たちの車が見えなくなるまで家の外に出て来て3人で手を振ってくれる、何だか懐かしくなってしまう風景。あったかいです。
[PR]
by lsajapan | 2010-10-19 17:06 | 海外にて

<24> エジプト続編:イスラム教、モスク、アザーン

アッラーフアクバル,アッラーフアクバル・・・ハイヤーアラッサラー・・・・
イスラムの国へ行けばアザーンは付き物・・・・と知ってはいても、実際に耳にすると多少の驚きがあります。アザーンとは1日5回、イスラム教徒たちに礼拝(サラート)の時間を告げるための呼び声です。662年に初めてアザーンを唱え始め1400年近くも続いています。

http://www.islamweb.cz/audio/adhan/Egypt.mp3  

聞いて下さい、美しいアザーン・・・もしうまくいかなかったら、アドレスのところにカットアンドペーストして、さらにもう一度クリックしてください。

 アッラー以外に神は無し、礼拝のために来たれ、成功のために来たれ
 アッラーは偉大なり、アッラー以外に神は無し

このような内容のことを朗唱者(アッズィン)はマイクを使って、モスクのミナレット(尖塔)から時には特大の音声で朝の5時だろうと時間が来たら始まる。こちらとしては寝耳に水というところでしょうか。
b0164641_12153528.jpg

でも絶対にテープなどは使わず、必ず肉声(マイクを使う)で皆とてもいい声です。どうやらアッズィンの年齢は10代の方からベテランは60代以上の方もいらっしゃるとか。最初ドバイの空港に夜明けに到着して、誰かがいい気分で鼻歌を歌っているのかと思いきや、いくら探してもほろ酔い気分のオジサンは見当たらず。ようやくこれが空港アナウンスに流れているアザーンだと気がついた時には終わっていました。とてもきれいな声で、日本人でもアザーンの研究をされている方がいらっしゃるそうです。アザーンは必ずアラビア語で男性が行なうのが決まりで、時間は季節によって多少変わります。礼拝の作法はいくつもあって、女性は顔と手以外は布で覆う、男性は少なくともへそから膝までは布で覆う、必ずメッカの方角に向かって行なう、礼拝前には必ずニーヤ(アファメーション)を行なう、礼拝中には決して声を出して笑ってはいけない・・・・など。イスラム諸国以外の国へ旅行する人たちのために「アザーン時計」も存在します。時間にきちんとアザーンがアラームのように唱いかけます。

礼拝は時間が来たら、可能な限り時間通り行ないます。空港の待合室の片隅で始める方も、庭に5人で並んで行なっている方あり、ホテルではベッドサイドテーブルに矢印“Direction of Mecca”の特大シールが貼ってあり、バゲージチェックイン近くで空港職員もしっかり行なっていました。信仰というのは素晴らしいと思います。私たちはニュートラルで何者にも強く捕われず、自由な部分が強みでもあり弱みであるのかもしれません。

ムスリムの男性はおでこに灰色の丸いようなアザのようなマークがあり、またまたデヴィッドさんに「あれなんですか?」とそっと聞くと「礼拝する時に額を何度も地面に付けるので、痕になっているんです。あれが経験なムスリムの証明にもなります」でもコプト教(キリスト教)であるデヴィッドさんは手厳しく「わざと色を付けている人もいるんですよ」

京都の禅寺の和尚様より禅の小冊子の英訳を頼まれて訳していると、もともと仏教は精神的な修養が中心だったのに、日本に来たら先祖供養が中心になって来たと言う部分がありました。禅宗は特に自分の中に仏は存在するという、自分の中に答えを探す哲学的な側面があります。祈る対象は美しく咲く梅の花でもよし、大きな岩でもよし。

世界の宗教についての本を読んでいると、イスラム教の背景は砂漠であり、仏教や神道は自然に恵まれた環境があるあたりが、一神教、多神教の違いや戒律の性質に影響があるのではないかと感じました。厳しい砂漠の中に生き延びるためには結局は自分は一人であり、頼るのはアッラーとその戒律のみで「この世の終わりには親もなく子もなく、皆自分のことだけを考える」というコーランのくだりは神と自分の関係を重視することが救われる道なのだ、という考えが根底にあります。

でもそう言われてみれば、仏教でも人は虚空から虚空へと移動して行くだけで、諸行無常という何も保障される永遠のものなどない、という考えなどは似ているのではとも思います。輪廻転生についてや、スタンスや環境的な違いはあるけれど・・
ムスリムの人たちはアッラーに、私たちはご先祖様を始め、すべての高次のエネルギーに対して(仏様から始まってご利益があるご神体全てに)祈りを捧げるんですね。どちらも平和と感謝と謙遜に満ちた美しい行為には違いありません。

イスラム教もキリスト教と同じく礼拝中にはフランキンセンスを焚き、清浄な空間をつくり出します。仏教もサンダルウッドや沈香、龍脳などを使ったお線香をよく使います。チベット仏教はジュニパーやスパイクナードも多く使用します。高次のエネルギーに喜んでもらうために、あらゆる宗教で薫香を使います。どれもエネルギーを浄化して聖なる空間をつくりだし、祈る者の呼吸を深くゆっくりにし、気分を落ち着けてくれます。宗教を信じる信じないに関わらず、こんな時間をもっと持つようにしたいものです。
b0164641_12263686.jpg

カイロのモハメッド・アリ・モスク(ガーマ・ムハマンド・アリ)にて
[PR]
by lsajapan | 2010-07-30 12:27 | 海外にて

<23> エジプト続編:ジャスミン摘みにタンタへ

「みなさん、どうか気いつけてください」今日もエジプト人のガイド、デヴィッドさんが心配性なくらい皆の安全に気を使ってくれる。1997年のルクソール事件(イスラム原理主義過激派の外国人観光客襲撃事件)以来、政府は大きな収入源である観光客を減らさないために、万全の対策をたてました。観光名所の警察官の配備(見張りしつつ、キュウリ食べていたりしますが)と各観光バスに1名の警察官の乗務・・・・そうです、ダークスーツ姿ではありますが、自動操銃をたすきがけのホルターに持っていて、一人の生徒が「こんなに暑いのにジャケット着ていて大丈夫ですか?」と聞いたら「これ持っていますから」とチラリと見せられたそうです。1分間に800発連続射撃できるそうです・・・・結局タンタに入る時にはガイドのデヴィッドさん、運転手のサヴァさん、旅行代理店のジョンさん、ダークスーツの警官の4人に加え、3人の警官が乗るパトカーに先導されて行くことになりました。

サイレンを鳴らして走るパトカーとその後を走るバスに、道行く人々は立ち止まって何事かと見守る。「なんだかセレブみたい」「VIP気分ですね」「こんなの一生に一度だ!写真撮ろう!」などと盛り上がる中、「ところで山賊なんか出るんですか?」と聞くと、デヴィッドさんは山賊の意味がわからず、説明したら「そんなの砂漠の中にしかいません」との答え。「じゃあどうして?」と聞くと、まずタンタには観光客は来ない。有機農家を訪ねるグループなど会ったことはなく、仕事でタンタに行くのは長いガイドのキャリアの中でも初めてとか。「じゃあタンタは危ないんですか?」デヴィッドさんは大きくゆっくり首を振る。「クレージーです。州政府は心配し過ぎです」
b0164641_18423888.jpg
向かって右がデイヴィッドさん、左がジョンさん(武蔵丸に似ているという声)、そしてバックミラーに映っているのがサヴァさん、おまわりさんはジョンさんのお隣です。そしてバスの前に走っているのが先導パトカー

で、いよいよタンタの有機栽培農場の近くにやってきました。そこは昔話のような世界。川で食器を洗う女性たち、山羊の群れ、ロングのガラベーヤを来た男性たちが戸外でお茶を飲んでいたり、観光バスを見るために一列に並んで全ての活動を停止している子供たち、みんな手を振ってくれます。道の真ん中には極彩色の立て看板ならぬ立て募金箱。「なぜ道の真ん中にあるんですか?」「そうすると無視できないからです」とデヴィッドさん。大きなバスは時々ある募金箱のために細い道のさらに片側に寄って、ゆっくりと進みます。「何でこんなにたくさんの男の人たちがここでお茶を飲んでいるんですか?道端なのに」「募金箱が盗まれないように見守っているんです」こんなに平和な村に突然私たちは騒ぎを起こして申し訳ない・・・・さすがに帰りはパトカーの先導はありませんでしたが、ずっとダークスーツの警官(とっても優しい方です)は私たちがどこに行くのにも周りに目を光らせ護衛し、シークレットサービスのようでした。
b0164641_18431054.jpg
タンタの一風景・・・平和そのもの

着いた農場は素敵な宿泊施設が整っており、夜は農場主のフセイン氏のレクチャーでゲラン社からもお声がかかる先代からの芳香植物へのこだわりと、エジプトの歴史と農業との関わりについてのお話をお聞きしました。私の部屋の窓を開けると樹齢50年のビターオレンジの樹が延々と続きます。この樹からは3種類のオイルが採れることはアロマテラピーを学んだ方には常識ですが、実は33種類の収穫物があると教えてもらいました。オイルもプチグレン、ネロリ、ビターオレンジだけでなく、ビターオレンジフラワー・アブソリュート、オー・デ・ブルート・アブソリュート、ビターオレンジフラワー・ハイドロレート・アブソリュートなども採れるそうで、今まで知らなかったことが原産地に行くと必ず見つかるという、いつもながらに経験する驚きを十分楽しませていただきました。
b0164641_18434635.jpg
これは私の部屋から見たビターオレンジの樹々・・・ずっとむこうまで続きます

次の日の朝は5時半に集合してTea & Apple の軽い朝食(これは英国式の言い方で早朝の活動をするのにだけ十分なエネルギーをとる軽い朝食の意味)を済ませ、フィールドへ。ジャスミン畑にたどり着くまでにもフセイン氏の熱心な説明は続きます。ジャスミン摘みをする人々は近所の農家の人たちで、だいたい5〜10分徒歩でやってくるそうです。朝の3〜9時くらいの間に約3キロを摘み、1キロあたり1.5USDを受け取るそうです。エジプトの人口の60%にあたる人々が1日2USDしか稼がないのですから、1日が始まる前にすでに4.5USD稼いでから、朝の9時以降いつもの仕事をするという訳です。近所の人たちは大喜びで手伝ってくれるそうです。特に今は夏休みなので、子供たちも元気にお手伝いしています。女性たちは井戸端会議のようにいろいろな話に花が咲き、笑い声があちこちに響きます。「季節労働者ではないんだ・・・・」とちょっとだけ安堵感が。
b0164641_18444060.jpg
この写真はこの旅行で一番気に入っている写真のひとつです。口にくわえたジャスミンの一枝も服装もカッコよすぎます

大きな花の Jasminum grandiflorum は、つる性でありながら、木部はしっかりしており、だいたい120センチくらいの高さの植物です。アブソリュートの香りそのままで、柔らかく優しい、ふんわりとした美しい花です。一人に一つずつバスケットが配られ、ジャスミン摘みが始まります。ベテランのおじさんの様子を観察すると両手に一杯ジャスミンの花を持って摘んでおり、それが一杯になるとバスケットに入れてます。「でもぎゅっと握りしめるとオイルのクオリティーが落ちるんですよ」とフセイン氏。「能率とクオリティー、このバランスなんです」なるほど。

1本のジャスミンの木からは4〜6キロの花が1シーズン(6月から9月の1週目まで)で採れ、1ヘクタールのフィールドからは、よい年は1トンの花が収穫できるそうです。1トンの花から採れるアブソリュートは1.4キロ程です・・・・価格が高いのは訳があります。私たちがジャスミン摘みをした畑は2ヘクタールくらいでしょうか?日が沈むに従って、日が当たらなくなったところから、ほんの30分程でサーッと花が咲くそうです。座ってじっと見ていると目の前で次々と花が開いて行くのが見えるそうです。もう一度是非伺いたいです。お腹を鍛えて出直します!
b0164641_18451969.jpg
これはさっきのオジサンのバスケットです。多分1.5キロくらいあるのでは?私のは100gでした。
[PR]
by lsajapan | 2010-07-14 18:59 | 海外にて

<22> エジプトに行って来ました:ギザのピラミッド

全て最新の“世界一”のピカピカのドバイから悠久の歴史を持つエジプト、カイロへ。途中シナイ半島の砂漠地帯の上空を飛んでいたのですが、クレーターのような規則的な砂の模様を目にして「この世のものとは思えない」すごい迫力です。そして聖書の中に書かれている「出エジプト記」がここでの出来事なんだと、モーゼが率いる人々はここを3日間水なしで歩いたことなど、イマジネーションは限りなく膨らんで行きます。飛行機が高度を下げている途中にラッキーなことに窓際だった私は、数々のピラミッドを機上から発見。ギザの3つのピラミッドや、実際は訪ねられなかったサッカラの階段式ピラミッドまで見てしまいました。

空港に降り立つと何ともひなびた雰囲気。「インドの地方空港に似てる」とか「20年前の東南アジアの空港みたい」「ここ一国の首都の空港ですよね」なんて皆ショックを隠しきれない様子。私はバハ・カリフォルニア(メキシコ)のロスカボス空港を思い出していました・・・・でも税関を抜ける前から「LSA」のサインボードを持った現地旅行会社のジョンさんが、ニッコニコして手を振って迎えてくれました。エジプトの人々はとてもフレンドリーで優しいです。

バスに乗って町を見渡すと、ビルはたくさんあっても古くて崩れているように見えます。現地ガイドのデヴィッドさんに「なぜ崩れているんですか?天災とか爆発があったんですか?」と聞くと「いや〜自然に壊れて来たんです」・・・・平和そうだけれど、地区によってはかなり荒れているようです。その中でもモスクは美しく、崩れたビルや建物ばかりの地区でもひときわ輝きを放っていました。交通渋滞も東京で言えばゴールデンウィークの高速道路みたいなのが、慢性的に都市部ではあります。そこに人々が脱兎のごとく、特攻隊のように走り込んで車線と車線の間で一休みしています。中央分離帯ではなく、車線の間です。言ってみれば環七や環八の横断歩道や信号のないところで人々が無理に横断しようとしている感じです。信号機もほとんどなく、横断歩道は今回見ませんでした。警察官が交通整理はしています。車道に人が入ってくるタイミングが日本と違う!どうしてあの恐ろしいタイミングで入れるのか、ヒヤヒヤしながらカイロを抜けてギザへ。

ギザではメナハウス・オベロイというイスマイル・パシャの別荘である宮殿を改築したホテルに泊まり、お部屋からピラミッドが見える「ピラミッド・ビュー」サイドを取っていただきました。ちょうど満月でなんと言っても絶景。チャネリングクリスタルを持参し、瞑想しました。夜、写真を撮るとオーブだらけですごかったです。息子のマシュー(今、帰国してます!)に「何かのバクテリアか塵がフラッシュに反射しているの?」なんて聞かれてしまいました。いやいやたくさんのスピリットに祝福されているのだと、私は勝手に思っています。

   信じにくいのですが,これは私の部屋から見たクフ王のピラミッドです
b0164641_20345927.jpg

ギザのピラミッドには、クフ王、カフラー王、メンカフラー王の3つのピラミッドが並びます。クフ王のピラミッドは110メートル程の上り坂、カフラー王は64メートルの下り坂、さてどっちにする?結局私たちはカフラー王のピラミッドに入りましたが、中は宇宙エネルギーに満たされ若返りそうです。ピラミッドパワーって本当にありそうです。でもその後3日間筋肉痛でした。だって変な格好でかがんで下り坂を64メートル進み、途中巨漢のアメリカ人らしき人々が来て、すれ違うのには忍者ののように壁にペッタリと張り付いて進まなくてはならないのですから・・・・閉所恐怖症の人には辛いかもしれない・・・とガイドブックに書いてありましたが、閉所恐怖症でなくても「ヒャー大丈夫かな?」と最初思うくらい狭い通路です。でも皆結局大丈夫みたいですよ。

まだ数々の謎が残されているピラミッド、私は純粋に幾何学のマジックを信じています。特定の比率、特定の角度が特別な宇宙エネルギーに調和するのではないかと思いますし、いつか謎が解けるのでしょう。このあと訪ねたタンタの有機栽培農場では養蜂所も併設しており、そこでは蜂の巣箱についてレクチャーがあり、農場主のフセイン氏のおっしゃた印象的なことは「トップバービーハイブ(底が逆三角形に作ってある特別な巣箱)では巣箱の底を42度の角度に保つと不思議と蜂たちは内側の壁に巣を付着させないので、簡単に蜂の巣を傷つけずに箱から取り出して蜂蜜を採取できます。でも、これが41度でも43度でもまずいんです」どうして蜂はそんなに幾何学に長けているんでしょうか?蜂のインホテップは存在するのか、DNAに秘められているものか・・・眠れなくなりそうです。

ピラミッドはファラオの公共事業の一環で、毎年3ヶ月ナイル川が氾濫して洪水の時期に仕事のできない農夫たちを雇って20年かけて造ったそうです。ファラオは自分のお墓(これも謎で、宇宙へのエネルギー送信機、宝物庫、穀物倉庫などの解釈あり)が建設できたし、農民は毎年3ヶ月失業せず皆でひとつの目標に向かって進んで行くと言う連帯感を生み出したそうです。ニンニクとタマネギが労をねぎらうために支給されたという話や怪我の手当てなどを手厚く受けたと言う証拠も残っています。ピラミッドは奴隷たちが強制労働して建てたものではないんですね。

最後に古代エジプト人がどのくらい香料を愛したかを表現した古代の遺跡に残された詩で締めくくります。紀元前3世紀の墓の石板に刻まれた死者を悼む詩です。

  プントの鳥たちが地平線に現れ、私は網で一羽、また一羽つかまえた
   一羽はミルラで満たされており、もう一羽はフランキンセンスで
           さらにもう一羽はシナモンで
             ああ愛する人よ
  一緒にこの鳥たちを空に放つことができたらどんなに素晴らしいだろう
           一羽,そしてもう一羽
  そのはばたく羽から天国のような香りが私たちを包んでくれるだろう
b0164641_2041406.jpg

      メナハウス・オベロイの回廊にて。美しいランタン
[PR]
by lsajapan | 2010-07-09 20:52 | 海外にて

<21> エジプトに行って来ました:まずドバイから

6月の下旬からエジプトに研修旅行に生徒たちと行って来ました。ドバイ経由で9日間、途中オーガニック・ファームにも宿泊してジャスミン摘みをするという、貴重な経験でした。ピラミッドの中にも行き(これらについては日を改めてお話しします)コシャリも食べて、ツタンカーメンにもお会いし、お腹もこわしてフルコースという感じです。

何しろアラブ世界は初体験でしたので、何もかもが興味深く質問の山です。ドバイとカイロは4時間近く飛行機でもかかるので、それはもう別世界だというのは認識していましたが、想像を絶する差でした。かたや平均月収(UAE国民)89万円、エジプト(カイロ)の平均月収は5〜6万円、さらにエジプト国民の60%の国民の平均日収は2USD・・・・続けて旅行するにはギャップが大きすぎ、カイロについて町を見た途端に言葉を失いました。

まずはドバイからですが、広大なドバイの空港に着いたら、まず豪華な室内の人工ウォーターフォールがライトアップされており、そのすぐ横にエレベーター・・・それも10帖くらいのスペース・・・・「ここ何だかリビングみたいで落ち着きますね」とか「私、前このくらいのワンルームマンションに住んでました」など皆からも様々なリアクション。ここはエレベーターの中なんですけど・・・そう言えば帰りのトランジットでドバイの空港で数時間待った時も夜の12時過ぎなのに満員御礼の大盛況。だからこんな大きなエレベーターも必要なんでしょう。やはりトランジット地の代表格だけあります。ドバイショックもどこへやら・・・・ものすごいです。高層ビルの建築も歯止めがかからず、ニョキニョキと超高層ビルが立ち並んでおり、地震がないのをいいことにねじれたデザインのビルまで建設中。ホテルの部屋にあったドバイを紹介する雑誌によると、どうやらシリーズで建てるらしく、ガイドさんに言わせると「1週間ドバイを離れると風景が変わる」そうです。

ところでドバイにはスパイス・スークなる市場があり、たくさんのスパイス屋が軒を連ねています。私たちはそこへ乗り込み、サフランや乳香をたくさん買い込んできました。手に持つ形のフランキンセンス・バーナーも入手し、完全復帰(まだ体調が・・・)した暁には家中持って回ろうと思っています。名産地のオマーンがおとなりなので、良質のものがたくさん売っていました。サウジアラビア出身のクラスメイトだったロザーンが教えてくれた方法もトライしてみます。フランキンセンスを焚いて、その煙にコップを下に向けてかざし、そのあと伏せて置いておきます。お水を飲む時にそのコップを使うとフランキンセンスの香りがするというわけです。

アラブの人々は男性も女性も沈香(oud)の香油をよく付けます。女性はヘジャブで頭部と顔の一部を覆うのですが、通り過ぎるとフーッと沈香のよい香り。世界一のドバイ・モールで香りに引かれてフラフラと香水売り場に立ち寄ると、濃い香りの沈香の香油を見せていただき即決。ところで沈香はベトナムやマレーシアなど東南アジア産(Aquilaria agallocha)なのですが、なぜアラブ世界に?アラブ世界にも沈香を産出する地があるか店員さんに聞いてみると「東南アジアから輸入するんです」なるほど、そうですか。ドバイの香水会社(Swiss Arabian)の製品を見る限り、フランキンセンス、ローズ、ムスク、ジャスミンと共に人気がありますが、何しろ沈香はナンバーワンです。ところでこの会社の香水瓶も素敵です。こんなに素敵な香水瓶はそうありません。

次はエジプトの話に行きたいと思います。数日でアップしますので・・・

写真は美しいジュメイラ・モスクの夜明けです
b0164641_112610.jpg

[PR]
by lsajapan | 2010-07-07 01:15 | 海外にて

<13> 湖水地方 — The Lake District

学生時代からずっとお友達の美貴ちゃんはもう18年もイギリスに住んでいます。ロンドンに行けばいつも甘えて長期間泊めてもらい、一生かかっても返せない恩があります。それなのにまたまた甘えてしまい湖水地方への家族旅行に連れて行ってもらいました。今回のイギリス行きのことをメールでやり取りしていた時に「一緒に行く?」と聞かれた時、心の中で「これを逃したら一生行けないかもしれないよ」という囁き声がし、すぐに「行きます!!」と返事。よくよく地図で見てみると湖水地方はイングランドの北の端でスコットランドは目と鼻の先の位置です。今月洪水があったので新聞で読んだり,テレビで見た方もいらっしゃると思います。

平地の多いイングランドの中では珍しく山(1000m以下の丘以上山未満、Fellと呼びます)の多い地方で何百年も変わらない町並みや風景が多くのファンを引きつけるわけです。美貴ちゃんのご主人のデイヴィッドのご両親はここに住んでいたこともあり、愛着のある場所ということもあり秋には毎年旅行に来るそうです。「天気は悪いわよ」とクギをさされ、トレッキングシューズやウォータープルーフのジャケットなど用意して行きました。車で4人家族プラス私で高速にのって6時間・・・のはずが混んでいて8時間。でも自分が運転しないとなんて楽。あっという間でした。途中オックスフォード、バーミンガム、マンチェスター、ブラックプール、リヴァプールなど知っている地名が続々と目につきます。イギリスは案外小さい国なんだということを改めて認識しました。周りの車をよく見てみるとこちらと同じく、アウトドア用品、皆の荷物、食べ物や日常用品を車に詰め込んですごいことになっていて、皆家族旅行をしているようです。

私たちが滞在したのはBowness of Windermereで、風景は素晴らしく、心が洗われるようです。初日のトレッキングはずっと険しいスレートの岩がごろごろしている上り坂で、7割くらい行ってリタイアしてしまいました。昔ワンダーフォーゲル部の方々がごつい靴を履いてトレーニングしていた意味がやっとわかりました。ずっと険しい階段を登っているような感じで、おまけに雨と風・・・これはわりとハードです。皆構わずトレッキングを楽しんでいるようで、他の人たちもセッセと山登りしています。デイヴィッドに言わせると「この天候の中にいると自然を感じるので好き」だそうです。私にとっては新しい自然の楽しみ方とでも言いましょうか・・・私が挫折してしまったFellは“伝説のFellwalker”の本によるとHelm Cragという名前で、頂上の石に”ライオンと羊“という名前がついています。下からその巨大な石は見えました・・・・

今回の旅行でひとつずっと試してみたかったエッセンシャルオイルの使用法をやってみました。サウナにある石にかけてみるという方法です。美貴ちゃんのご家族に便乗させていただいて滞在したベケーションハウスには地下にサウナがあり、毎日夕食前にはサウナに入りました。フィットネスクラブやスパのサウナだと勝手なことはできませんが、ここなら大丈夫。水の入った桶にエッセンシャルオイルを5〜6滴たらしてから付属の木製のおたまのような特大スプーンで熱くなった石にかけます。すぐに蒸気になって何とも言えず良い香り。ベイローレルやブラックスプルースでやってみました。ジュニパーもよかったですよ。毎日日替わりで楽しみました。他のご家族もすっかり気に入ってくれたようです。

有名なブラックプディングも本格的に朝食でいただきました。通常は朝は浄化の時間としてフルーツしか食べない私も旅の間は少し自由にしてみるのもいいと思い、本当に真っ黒に焼き上がった豚の血入りのソーセージを恐る恐る食べてみました。冬場に雨が多く、大変寒い地方は体力もいるということで、このような食べ物が生まれたそうです。セロリシードの味が利いており、小麦粉も入っているので案外食べやすい不思議な味、食感でした。

貴重な体験をさせていただきありがとう。美貴&デイヴィッド。
b0164641_2358732.jpg

[PR]
by lsajapan | 2009-12-02 00:00 | 海外にて

<12> 大英博物館 — British Museum

やっぱり何と言っても私の心のふるさとはイギリスではないかしら・・・・と思ってしまう程、イギリスには心を揺さぶられます。何故かわかりませんが、心理学で言うとっても特別な“アタッチメント”があります。15年前に最初のLSAの授業に旅立つ時に、日本は夏の暑い盛りで体調が悪くヨレヨレだったのに、ロンドンに着くなり霧雨が降っていて涼しい天気。あっという間に元気になってしまい、何だかエネルギーをチャージされたかのようです。今回も3週間のイギリス滞在ですっかり生き返った感じです。ワークショップに参加したり、ミーティングや湖水地方への小旅行もあり、有意義に過ごしました(湖水地方の旅についてはすぐに書きますね。)

その中でも大英博物館は基本の基本でありながら、ロンドンにいればフラフラ〜っと引き寄せられてつい行ってしまう場所です。前回一人で行った時は一番奥のアジアの展示に集中し、その前は中世の占星術関係のコーナーで長い時間を過ごしました。今回は初心に戻ってエジプトと古代オリエントに時間を割くことに決めて前世のお友達(?)との再開を楽しみました。そう言えば「海のエジプト展」を主人と見に行った時、会場を出た後に主人がボソっと「They are worn out」と言いました。展示物か疲れきっているという意味です。「でも皆大昔のものだし」と言うと「そうじゃなくて,世界中回って展示されてきているから」「パネルは新しく日本で作ったもので新品でしょう?どこが?」とまるで私は何もわかっていない子供のよう。「上手く言えないけれど、展示物がみんな疲れているように見える」というのが最終結論で私は深く感動し、やっと何だか同感しました。

それでは大英博物館の方たちはどうかしら?私は彼らは使命を持ってあそこに存在しているように感じました。中には戦争によって獲得したものもあるでしょうが、現代においては世界中のいろいろな人たちが遠路はるばるやって来て、一つ一つの展示物の前でいろいろな言葉で話し合い、感動して、記念写真を撮り、子供たちは学校から(ミッドタームというお休みの時期とのこと)集団で社会科見学らしく、約10〜30名くらいがあちこちで丸くなって床に座ってスケッチブックを広げてセッセと写生に励んでいる様子。太古の人々の知恵や技術、個々の文化においての世界観、美の観点など・・・・若い頃のシュワルツネッガー並みの体格の像やレリーフがたくさんあり、それを見ていると展示されている方たちは、皆誇らしく自分たちの栄華をシェアしてくれていると感じます。

今回は特別展示がいくつもあって、フリーダ・カーロの夫、ディエゴ・リヴェラのスケッチがたくさん展示されていたり・・・やっぱりすごい迫力でした。サンフランシスコの美術学校にある彼の描いた大きな壁画も見たことがありますが・・・それと「ザ・ハニワ」っていうのもありました。小学校で勉強した縄文時代、弥生時代に出てくる写真の実物を全部見てしまいました。不思議な気持ちです。その特別展示の中でも大好きなWellcome MuseumのWellcome財団提供の展示がとても心に残っています。この財団の大きなテーマは「人間の身体と健康、また健康と幸せのために人間は何をして来たか、何をするべきか」というもので、ユーストン駅の前にあるWellcome Museumも是非訪ねて下さいね。実はそこで初めてイブン・シーナのオリジナルの本も見ました。あの時はあまりの感動に頭に血が上ってしまいました・・・・・大英博物館での展示は数名の実在の人物を例にとって、一生の間にどんな病気をしてどんな薬を使って来たかというもので、またイギリス人だけでなく,アメリカ人、中国人,インドネシア人などいろいろな文化圏から彼らがどんな体調で自分の病気をどのように治療することを選んだかを使用した薬や器具、人生のなかでの思い出深い写真を交えて紹介したものです。60年代のヒッピー風の出で立ちでパーティーをしている写真あり、子供を水中出産している写真あり,シャーマンに治療してもらう時に使う儀式の道具一式が展示してあったり、フラワーエッセンスやホメオパシーもありました・・・そして中ほどに展示してある数名の人々のライフストーリーの中央には極細の針金で編んであるメッシュ生地があり,そこには細かく錠剤やカプセルが織り込んであります。これらは実際、その人たちが生涯、処方されたり、買って飲んだりした薬すべてなのです。一人の人で一生で何千錠もの薬を飲んでいおり、女性の場合はピルの量は莫大でした。まだご健在の方もいらっしゃり、個人情報の開示の勇気に感謝しつつ、ものすごいリサーチに脱帽しました。こんな奥の深い、言ってみれば冒険的でもあるアヴァンギャルドな展示を大英博物館はするんですね。ここに来ると人類の偉大さ、歴史の奥深さを感じ、多様な人々が地球の各地でいろいろな時代に生きた証となる最も素晴らしい芸術品と出会えます。
b0164641_11491526.jpg

[PR]
by lsajapan | 2009-11-10 11:49 | 海外にて

<11> マウント・シャスタ — Mount Shasta

1年ぶりにカリフォルニアに行きました。今回は25年間毎年カリフォルニアに行っているのに1回も訪ねたことのない待望のマウント・シャスタにハイキングに行くことができ、大満足です。この山はネイティブ・アメリカンの聖地でもあり、スピリットのチーフである“スケル”が山頂に降り立ったという伝説や、セント・ジャーメインとバッタリ出会った人がいるとか、レムリア人が密かに地下都市に住んでいるなど、様々な不思議なストーリーに満ちた山でもあります。高さは4322メートルで富士山より高くいくつかの山頂があり、それぞれに名前がついてます。

詩人のホアキン・ミラーは“神のように孤独で、冬の月のように白く、マウント・シャスタは北カリフォルニアの偉大な黒い森の中心から突然始まり孤高にたたずむ”と描写しています。レムリア人が地下都市に住んでいるという話は、どうやら1894年に書かれた”A Dweller on Two Planets (2つの惑星の住人)”というフレデリック・スペンサー・オリバーという作家のファンタジー小説が発端で、その後いろいろな作家がこれに基づいた話を書き、集合無意識のレベルに登ったのではないでしょうか・・・

サンフランシスコから車で約5時間かかるので、息子のマシューの金曜日の大学の授業が終わって即、迎えに行って出発。ひたすらまっすぐのハイウェイ5を北に登って行きます。カリフォルニアはプロヴァンスと気候が似ているということで、ぶどう畑やオリーブ畑が続いていたりと風景はなかなか面白いのですが、ある時点から何もない乾いた牧草地が続いたり、突然まわりが風力発電の大きな風車(真っ白のみなとみらいにあるような形のもの)だけがたくさんある宇宙のような風景になったりと、そんなことをしているうちに針葉樹林に風景は変化して行きます。それもそのはずオレゴン州との境界も近いのです。

次の日はホースキャンプのアルパイン・ロッジまで3キロをハイキングしました。標高が2400メートルのところで、 ハイキング・トレイルのところに大きな看板があり,こと細かくハイキングする上での注意事項や地図、可能性のあるいろいろな危険性が書かれてあります。クマやピューマ、コヨーテ、ガラガラヘビ、ボブキャットなどとの遭遇の可能性から脱水症状、低体温症などを避けかたや症状などが書かれています。でも何しろ一番上にさすがアメリカ、カルロス・カスタネダの引用文が書いてありました。”All paths lead nowhere, so it is important to choose a path that has heart. (全ての道はどこにも導いてはくれない、それならせめて心ある道を選ぶのが大事だ)ウ〜ン、山登りの気の引き締めかたを教えてくれるような一言にうなっていると、あっというまに置いてきぼりになっていました。

気温が暑く(とても乾燥していますが)上り坂続きなので何回か木陰で休憩して到着しました。周りは全て針葉樹のいろいろな種類で、インセンスシダー、シュガーパイン、ホワイトファー、ダグラスファー、マウンテンヘムロック、ポンデローザパインなどがありますが、皆シャープな針葉樹の形をしており、遠くから見るとレコードキーパーのクリスタルみたいです。眺めているうちに何だか山全体が先人たちの英知を記録しているように思えて来ました。

夏休みのシーズンも過ぎたせいか、温かく天気もよく最高の環境なのに、ほとんど誰にも会わない。ハイキングをしていてもすれ違う人はまばらです。静かで、いるのはブルージェイ(青いきれいな鳥だけれど、ギーギー鳴き“悪い子”のレッテルを貼られている)やチップマンク(チップアンドデイルのようなシマリス)だけのようです。静かで自然と自分が向き合う時間を邪魔するものはない感じです。アルパイン・ロッジに到着すると湧き水の出るところがあり、リフレッシュしました。その小さなロッジに20世紀初頭14年間住んでいた住人のことが書かれている展示などを読んで、彼が使ったであろういろいろな品を眺めゲストブックにサインしたりして休憩しました。売店も土産店も何にもなし。とてもいいです。トイレがオーガニックトイレで、たくさんのシダーウッドの木屑がバケツに盛ってあり、そこには “One Scoop per Poop”と書かれてあり、大受けしましたが、水洗ではないのに実際悪臭は全くなく、シダーウッドの香りが漂う空間だったので感動してしまいました。

次の日には、マックスウェル・パリッシュの絵から抜け出て来たようなキャッスルレイクにも行き、すごく静かな湖のほとりをハイキングしたり、岸近くに倒れた大木の上に座って足を水に入れて休んだりしていると本当に自分が真から浄化されて行くような気分です。

シャスタ・シティにはたくさんのスピリチュアルな人々が住んでおり、小さな町には何件ものクリスタルショップやメタフィジカル系の店が並びます。それなのに大きなスーパーマーケットは車で30分のレディングという町までないそうな・・・大きなホテルらしいものもなく、私たちは林の中のプライベートな敷地の中の2ベッドルームのコテージを借りて2泊ほどしましたが、それだけで仙人になった気分でした。裏の小川も向こうの湖もオーナー家族のもので、完全な静寂・・・・また行きたいです。マウント・シャスタは瞑想と浄化の旅にお勧めです。
b0164641_124358.jpg

[PR]
by lsajapan | 2009-10-11 01:29 | 海外にて

<5> 南仏プロヴァンスにて・・・その2


ある夜、グロジャン博士が「アヤコ!こっちに来てごらん」と庭とは反対側のラヴェンダー畑の方へ行こうと言うのです。あちら側は明かりもなく11時にもなるとさすがに夏でも真っ暗で何も見えません。「やだ、こんなんじゃ何にも見えないし転んだら怖いから庭にもどりましょう」と言うと「もう少し待って・・・・目が慣れてくるのよ」とさとされて、しばらくすると本当に驚くほどいろいろなものが真っ暗なのに見えて来ます。まるで自分が野生動物にでもなった気分でした。こんな経験子供の時にしたっけ・・・・?しばし子供時代にフラッシュバックしているとグロジャン博士は「ほら・・・星もよく見えるでしょ?ノルトラダムスはこの星を見て未来を予言したのよ」「え?ノストラダムス!?」「そう、彼は隣の村に住んでたのよ」と感動の会話は続きます。ちなみにグロジャン博士の博物館/ご自宅のあるのはグラヴゾンというアヴィニヨンの近くの村で、ノストラダムスはサン=レミという村にいたそうです。

このあたりでは多くの建物が14世紀のもので、アヴィニヨンに教皇庁ができ、さらにキリスト教の勢力が広まって来てたくさんの教会や修道院が建てられた時期だそうです。グロジャン博士の博物館も14世紀の修道院跡で、ご自宅は修道院のワイン貯蔵庫だったそうです。リビングルームのイタリアのピザ釜のような暖炉は、実は修道女たちが毎日パンを焼いていたかまどだそうです。700年前にはここでどんな生活が営まれていたのでしょう?瞑想をしてみると静かな祈りのエネルギーが感じられます。

一緒にワークショップをしている親友のシルヴァン(彼はフレンチ・カナディアンです)は大学で宗教学を専攻したこともあり、このへんはかなり詳しく「日々の糧のために修道士や修道女たちは熱心に祈りを捧げたもので、パンを焼くかまどのところで祈りのエネルギーが感じられることは至って自然なこと」とのコメントをもらい、なるほどと思いました。一方グロジャン博士は大らかにサーモンから紙くずまでそのかまどで焼いてます(!)

ちなみにグロジャン博士の考えでは炭水化物の取り過ぎは愚鈍な人間を作り出すということで、パンやパスタは御法度で、食事は山ほどの生野菜、キヌア、チックピーズ(ヒヨコマメ)のペースト、ヒマワリの種などのナッツ類、オリーブ、豊富な生のフルーツとハイドルソル入りの水が主なものです。もちろんすべてが有機農法で育てられたものです。そして有機ワインを少々・・・実はグロジャン博士のお母様のイレーヌさんはさらに厳しい自然療法士なので、ワインも許さないそうです。だからワインの隠し場所があり、離れの秘密の場所にせっせとワインを取りに今夜も誰かが往復することになります。

8割をローフード(調理していない生の食物)にするのがグロジャン博士の食事療法で、火を使わない物が多いので調理時間が少なくて済むので楽ではあります。でもよく噛まなくてはならないこと、ファイバーが多いので消化不良になることもあるので気をつけなくてはなりません。でも調理済みの食べ物ばかり食べていると、消化器が鈍っていくそうです。火を通した食べ物は基本的に病気の人や赤ちゃんのためのもので、健康な人たちは酵素を取り入れるためにも生の食べ物をもっと食べるべきですし、それによって老化を防ぎ若く健康でいることができるという考えです。グロジャン博士は完全なビーガンではなく、時にはおいしいチーズを食べたり、お刺身を楽しんだりします。でもそのようなときも楽しんで食事をするのが大前提です。罪悪感を持ったりせず、たまには掟破りをするのも可です。

夜は時々グロジャン博士のミュージシャンの友人たちを招いて、夕食を庭で楽しみながら過ごします。珍しい楽器(Cajonカホン、椅子型ドラム)を繰るジャキートとスパニッシュギターをファブリスが奏でて、踊ったり歌ったり、時には静かに耳を傾けて深夜まで楽しく過ごします。そう言えばヨガの基本哲学をインド人の先生から学んだ時に「1日に音楽を奏でるか静かに音楽を聴く時間、そして神様のことを考える時間を持つこと」と教わりました。こうやって仕事から少し離れて自然に任せて過ごしていると、いろいろなことがつながって行き、リフレッシュすることができます。こういう時間、大切ですよね。

(写真は法律家のジャン・ルイ氏と地元の有名なル・ビストロ・ドゥ・パラドゥの前で)
b0164641_18285171.jpg

[PR]
by lsajapan | 2009-04-30 18:28 | 海外にて